矢掛郷土美術館

矢掛本陣石井家から徒歩で5分程度のところに、矢掛郷土美術館があります。 外観がこの矢掛の町並みの中では比較的目立っているので、すぐにわかると思います。

この矢掛郷土美術館は、矢掛町の出身である書家:田中塊堂と、洋画家:佐藤一章の作品をメインに、昔の矢掛の町並みを再現したジオラマや参勤交代の大名行列の様子を表わした和紙人形なんかもあり、歴史好きな人には結構楽しめます。





こんな感じですね。高めの展望台(水見やぐらというそうです)が目印です。入場すれば上まで登って展望を楽しむことができます。





これは上の水見やぐら脇にある人工池というか、巨大水槽にいる鯉です。巨大な鯉が何十匹と泳ぎまわっている様は圧巻です。





当然ですが、餌付けされているので、近くによってみると、こんな感じで一斉に集まってきます。手を伸ばせば手づかみできてしまうくらいに近くです。





『メシをくれ〜・・・!』





体中が金色の鯉もいました。





ここの鯉はよほど飢えているのか、近くに人間が寄ってくると一斉に集まってきて餌をせがみ、歩いて移動すると後を追っかけてきます(笑)。
写真の部分は、幅が1メートルもないくらいの狭い幅なので、ここを50〜60cm以上もある大きな錦鯉が何十匹も一気に泳ぐと、水面は大きくうねり、水しぶきがところどころで上がり、かなり勇壮です。あまり言われてませんが、矢掛有数の観光スポットかもしれません(笑)。





水槽の外観はこんな感じですね。コの字型の水槽になっています。





矢掛郷土美術館は矢掛を紹介する観光系のサイトなんかでも数多く取り上げられていますが、どこでも必ず紹介されているのが、この矢掛町出身の芸術家である佐藤一章と田中塊堂です。
入館料を支払う受付の正面にある展示スペースには、彼らの作品をはじめとして、矢掛町にゆかりのある芸術家の絵や書などの美術品が展示されています。










フラッシュをたかないで撮影をさせていただきました。
ここはまさに美術館といった感じです。観光スポットには欠かせませんね。





田中塊堂の書です。写経本なども展示されていました。





佐藤一章の絵です。田舎の雰囲気が良くでています。





郷土の誇る偉人、吉備真備の像です。先に観光した吉備真備公園の像とはまた違った趣がありました。





真備町にあるまきび公園の案内板と大体同じですが、吉備真備は下道氏の子として生まれてきたこと、そしてその下道氏は稚武吉備津彦命(ワカタケキビツヒコノミコト)の子孫であり、このあたり一帯を支配していた豪族であったことなどが書かれています。
下道氏の支配領域が矢掛町〜真備町一体であったために、こうして矢掛と真備、二つの町で吉備真備を観光資源とした公園などの整備ができるわけですね。産湯の井戸なんかは二つありますし。。。





これは吉備真備からみるとおばあさん(祖母)にあたる女性の骨壺です。
残念ながらこれはレプリカで、本物は椿で有名な圀勝寺(今回の観光では入れませんでした)にて保管されているそうです。蓋に下道圀勝の母の骨壺であると明記されていたために吉備真備のおばあさんの骨壺であるとわかったとのことでした。
この骨壺、先に行った下道氏公園で見つかったそうです。





これが骨壺に刻まれていた文章です。

『銘 下道圀勝、弟圀依朝臣、
右二人母夫人之骨臓器、
故知、後人明不可移破
以和銅元年歳次戊申十一月廿七月己酉成』

でも素人の疑問ですが、なぜ本人の名前を刻んでないのでしょうか?





このあたりで発見された土器なども展示されています。
吉備国の時代から人が住んでいたわけですから、こうしたものも出てくるわけですね。





これが昔の矢掛を再現したジオラマです。
結構大きくて見応えがありました。





製作にはさぞかし時間がかかったことだろうと思われます。





これは和紙人形と書かれていますが、まさに人形で当時の大名行列の様を表わしています。かなりの力作で、人形は全部で70体ちょっとありました。





こんな感じでずらーっと並んでいます。こんな大行列がくるのですから、確かに一大イベントだったことが容易に想像できてしまいますね。





本陣当主と先導侍。
当主は町境にまで出迎えにいっていたそうですから、相当なプレッシャーだったろうと思われます。





仲間と警護侍。
仲間というのが良くわからないのですが、中間(チュウゲン)という位置づけの奉公人のことかもしれません。
中間とは、江戸時代、武家に仕えた奉公人の中の身分で、若党(わかとう)、中間(ちゅうげん)、小者(こもの)にランク分け(?)されていました。若党が奉公人の中では一番上の身分、小者が一番下になります。
中間は文字通り真中に位置し、大名行列時には奴とも呼ばれています。奴はこの後出てくるので、この仲間というのはよくわかりません。。。





道中奉行と奴頭。
道中奉行は江戸幕府の役人になります。各街道や宿場町の事務などを取り仕切っていました。この位置にいるのが不思議ではありますが。。。
奴頭は先ほど言ったように、中間という身分の武家奉公人になります。





奴。
挟箱って書いてあります。この箱には、殿様の使用する衣類が入れられていたそうです。





奴(毛槍)。
槍先を毛で覆っています。こんな長い槍を持って、何百キロも歩く。全く想像のできない重労働です。





奴(立傘)と奴(台傘)。
殿様が休憩する時に使用する傘、移動時に使う傘、という区分けだったと思いますが、定かではありません。。。





近習侍。
この人たちは、当時、侍の中でも将来を嘱望された人たちなのだそうです。藩の将来を背負って立つ、、、という感じでしょうか。このすぐ後には殿様がいます。要するに、エリートですね。





これが殿様ですね。
大名行列での殿様というと、私は常に駕籠の中に入っているイメージしかないのですが、考えてみたらそんなわけはなく、殿様も長い道のりを歩いて移動していたわけです。昔の人は大名といえどもかなりの苦労を強いられていた、といえそうです。





小姓と御典医と茶坊主。
小姓というのは殿様の身の回りの世話をしていた人たちです。織田信長に仕えた森蘭丸なんかが有名ですよね。ちなみに、森氏ゆかりの城が岡山の津山にあります。
それにしても御典医や茶坊主まで、、、って感じです。





奴(御殿駕籠)。
殿様はこれに乗っていたわけですね。殿様だけでなくお姫さまなんかも乗ったりしたようです。それにしても、奴さん達は大変です。





仲間と家老と腰元頭。
ここにも仲間が出てきました。何なんでしょう?
家老は『じぃ』のことですね(笑)。
藩の中で一番の重臣です。個人的には事務総長みたいなイメージがあるんですが・・・。
腰元頭は文字通り腰元のリーダーですね。腰元は、この時代、主に奥方やお姫様の世話をした人たちなのだそうです。ただ、奥方や姫の世話ばかりでもなかったとは想像に難くないですが。。。





奥方と中揩ニ姫。
中揩ニいうのが全くわかりません。それにしても、殿というと姫、ですよね。
当時は完全な男社会だったわけですから、姫よりも若だろうに、、、なんて思ってしまうのですが。不思議な思い込みです。





この方たちが腰元ですね。
男ならともかく、女性が徒歩で人のお世話をしながらの長旅。いろいろな苦労があったろうと思われます。ただ、精神力は女性の方が圧倒的に強いということで、意外にへばっていたのは男ばかりだったのかもしれません。





仲間(長持)と仲間(茶弁当)。
これにも殿様の調度品を入れています。茶弁当というのは食器類を入れていたのかもしれません。





近習侍と警護侍。
ここにもいますね。エリートが。行列の前後を警備しています。





押奉行と警護侍(槍隊)。
押奉行の役割もよくわかりませんでした。。。



それにしても、これだけのものを和紙人形で表現しているのはすごいことです。
しかし、実際の大名行列はさらに規模が大きいもので、鉄砲隊なんかも行列に入っていたそうですから、人数は何百人という数になっていたそうです。
これだけの人たちが一斉に移動してくるわけですから、宿場町としてはおおいに潤いますが、それだけ苦労も多かったように推察されます。

ちなみに、矢掛町でもこの大名行列を再現したお祭りが開催されます。
毎年11月の第二日曜日に開催されるということなので、お好きな方は是非一度訪れてみてください。

矢掛町のホームページから動画を見ることもできます。ほんの少しですが。。。
>>矢掛町ホームページ





矢掛美術館のシンボルとも言える高い塔(=水見やぐら)に上がってみました。中から上がれます。





階段はこんな感じですね。グルグル上がっていくうちに目が回ってしまいそうです。





見晴らしはこんな感じです。都会の高層ビルからの眺めには負けてしまいますが、情緒ある町並みを見下ろすのも良いものです。


この水見やぐらは、階段の壁面に、大正時代(だったと記憶しているのですが)の大洪水の際の写真と、最近(といっても平成の初期)の写真を、比較して見れるように展示しています。
同じアングルで撮られているので、比較してみると時代の変化があって面白かったです。





大正時代。学生服や看板の感じがいいですね。

平成初期。





大正時代。

平成時代。道路の左側にある松の木が目印です。
これはこれで結構古めかしいと思ってしまいます。ただ、現在はこの当時から15年ほど経っていますが、この15年ほどの間に随分と町が寂しくなったような印象を受けてしまいました。このころはまだ街に活気があったように写真から感じます。





これはやぐらに上がる階段付近にあるミニ水族館です。矢掛の魚たちが水槽で飼われています。




というわけで矢掛郷土美術館でした。ジオラマや和紙人形、写真などは、当時に思いを馳せながら興味深く見ることができました。 あと、外の鯉たちも忘れられないですね(笑)。




【矢掛郷土美術館】
開館時間:9:00〜17:00
      ※入館は16:30まで
休館日:月曜日、年末年始(12/28〜1/4)
     ※月曜日が祝祭日の場合はその翌日
所 在 地:矢掛町矢掛3118-1
問い合せ先: TEL:(0866)82-2110
       FAX:(0866)82-2164
入館料:一般200円、中高生100円、小学生50円
     ※団体割引有り

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